想 い
1、夢に関して 〜“夢は叶えるためにある”〜
旅に出てから、たくさんの子どもたちと接する機会を持つようになりました。
子どもたちに出逢うことで、僕の南米での旅が少しずつ意味を持つようになってきたと思います。
僕がどういう姿勢でこれからの旅に臨めばよいか、子どもたちがそっと教えてくれている気がします。
僕が中学生から高校生のある時期、子どもが夢を持たなくなったと世間で言われたことがありました。
あれから何年か過ぎた現在でも、同じようなことが言われています。

「子どもが夢を持たなくなった」
簡単な一言ですが、果たして本当にそうでしょうか。
子どもたちは夢を持っています。それは間違っていません。
ただその夢を語ることが、子どもたちは敏感なだけに一部の子は表しにくい状況というだけなのだと思います。
昨今、この日本では日々悲しい事件や痛ましいできごとが起こっています。加えて長引く不況などの社会情勢もあるのでしょう。それらが原因のひとつとなって、夢どころではない、現実をみなければという大人の意識がそのまま子どもたちへ流れているように感じます。心にゆとりがなくなって、ストレスがストレスを呼び摩擦が摩擦を引き起こす。このような社会で、夢を語るということが、大人も子どももやりにくくなっているのかもしれません。
けれども、こんな世の中だからこそ、僕は大人が夢を語るべきだと思います。
大人が夢を語り、夢を叶える背中を見せるべきだと思うのです。
夢がなぜ大切かといえば、夢を考えることは自分の生き方を考えることだからです。
「私はどんな人間になりたいのかな?」
「僕はどんな生き方をしたいのだろう?」
子どもたちの夢を引き出してあげる教育は、それゆえ大切にされなければなりません。
「お父さんの夢はこれなんだ。」
「お母さんの夢はね、これなのよ。」
「先生は、このことが夢なんだ。」
「ジイちゃんはね、バアちゃんはね、こんなことしたいんよ!」

大人が夢を語ることで、子どもたちは安心して自分の中にある好奇心を引き出し、そこから夢を紡いでいきます。
自分の中にある夢を安心して、表すことができるようになっていくのだと思います。
子どもたちに、夢を語り、叶える背中を見せていきたい。もちろん、つまずくこともあるでしょう。こけて頭を打つことや、落ち込んだり悩んだりもきっとするでしょう。叶うかどうかも分からない。それでも前を向いて、夢に近づいていけたらと考えます。
子どもたちは、いつでも大人の背中を見ている気がします。
この人のようになりたいなとか、こんな生き方を目指したいなとか、心のどこかで感じているのではないでしょうか。
それぞれの人が、自分の置かれているそれぞれの立場で、夢を語り、夢を叶える姿勢が、いま必要です。
それは、まず僕たち自身から始まっていくのだと考えています。
“夢は叶えるためにある”
応援してくださる方々とともに、夢を叶えていきます。
2、旅でしたいことに関して 〜「世界の夢の博覧会」〜

僕が世界を周るに当たり、出逢ったたくさんの人から夢を訊き、それを日本に持ち帰ります。
夢はその人自身の生き方であり、たくさんの生き方を知ることで自分の生き方にも幅が生まれてくるように感じます。
そこにはロマンがあり、友情ややさしさや他の夢も引き付ける力があります。世界中のたくさんの夢、たくさんの生き方を紹介することができたら嬉しいです。
帰国後、どのような形になるかは分かりませんが、それらをまとめて小さな「世界の夢の博覧会」を開きたいと考えています。
3、自転車で旅をすることについて 〜自分の底を見ること〜
僕は自転車乗りです。旅は自転車を基本としています。
これにはいくつか理由があるのですが、ひとつは、これが自分の体力を存分に使い、比較的自由に進める仲間だからです。
また、自転車に40〜50kgの荷物を載せ、額に汗し、土に塗れ、向かい風に泣きながらも限界まで走ることで、自分の底がより分かりやすい形で見えるからというのも大きな理由のひとつです。
適度に過酷なルートを通り、僕の知らない自分の限界を知りたい。自分という存在の底を見たい。そしてできることなら、底を拡げたいと思います。
だから僕にとって、自転車は最適な旅の手段であり、自分の底まで旅をする仲間でもあるのです。

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